足し算で成功するのは成長期です。成熟期には引き算がカギになってきます。
成熟した業界ほど、新しさを「足し算」で考えがちです。機能を増やし、情報を増やし、演出を増やす。しかし、それは成長期の発想です。成熟とは、すでに十分な要素を持っている状態。そこに何かを足しても、魅力を強めるどころか、本来の面白さを曇らせてしまうことがあります。
パチンコ・パチスロ業界はいま、まさにその局面にあります。かつては「打つだけで楽しい」存在だったものが、いつしか「理解しないと楽しめない遊技」へと変化しました。設定示唆、ゾーン、トリガー、カスタム演出──。機能は進化しましたが、その一方で「考える疲れ」を感じている人も少なくありません。ライトユーザーが「最近の台は難しい」と離れていく背景には、この「足し算の重さ」が潜んでいます。本来、遊技とは「頭で理解する」ものではなく、「体で感じる」もののはずです。
情報を減らすのではなく、「安心を設計する」
出版業界で復活を遂げたシニア女性誌『ハルメク』は、派手さを捨て、テーマを一つに絞り、余白を大切にしました。結果、書店に並ばないにもかかわらず47万部を突破。成功の理由は「情報を減らした」ことではなく、「読者が安心できる世界を設計した」ことにあります。
心理学では、人は情報が多いほど決断できなくなると言われます。『ハルメク』はその逆を行き、「自分に必要な情報だけがここにある」と感じさせる誌面をつくりました。引き算とは削除ではなく、「没入できる環境の設計」なのです。成熟とは、情報を減らすことではなく、「無言の伝達力」を高めること。余白や静けさは、欠けた部分ではなく“感じ取る力”を呼び覚ます設計要素なのです。
シンプルの必然が、面白さを生んでいた
プレイヤーは「理解すること」より「感じること」に快感を覚えます。昔の名機たちは、演出を削ったわけではなく、限られた技術の中で「足さずとも成立していた」設計でした。光や音、出目、リーチといった最小限の要素が、プレイヤーの五感を刺激していたのです。
パチスロではリールの止まり方、パチンコでは限られたスーパーリーチ。そのシンプルな仕組みの中に「来るかもしれない」という絶妙な期待感がありました。
それは情報で理解する面白さではなく、「体で感じる面白さ」。人は「与えられた答え」より、「自分で気づいた答え」に快楽を感じます。だからこそ、シンプルな設計ほど奥行きを持ち、少ない情報でも直感的に理解でき、打つたびに小さな発見がある。それが「引き算の美学」ではなく、「シンプルの必然」。パチンコ・パチスロの原点にある、感覚と直結した面白さなのです。
足し算の時代を超えて──。静けさで魅せる時代へ
引き算とは、余計なものを削ぐことではなく、本質を研ぎ澄ます作業。派手さより「心地よさ」を、情報量より「直感のわかりやすさ」を。成熟した業界こそ、足す勇気ではなく削る覚悟が求められます。足してきた時代の熱量を否定するのではなく、その上に「静けさで魅せる技術」を重ねる時期に来ているのです。
音を止め、光を抑え、機能を削いだとき──何が残るのか。そこにこそ、遊技そのものの「核」が見えてくるのです。刺激を減らすことで、かえってプレイヤーの感覚は研ぎ澄まされ、「これで十分だ」と思える瞬間に、本当の面白さが宿ります。
◆プロフィール
小島信之(こじまのぶゆき)
トビラアケル代表取締役
2018年まで首都圏、静岡、大阪に展開するホール企業で機種選定を担当。2019年に独立し、その分析力を活かしエンタープライズの全国機種評価等を開発。現在はメーカーの遊技機開発、ホールコンピュータの機能開発など、幅広い分野に携わり、変態的なアイディアを提供している。馬と酒とスワローズをこよなく愛する。



