コロナ禍に伴うデジタルツールへの注目度の高まりもあり、国内におけるキャッシュレス決済の普及が急速に進んでいる。サービス産業であるが故、パチンコ店の営業においても、この流れは無視できない。そして、一部の業界団体などでは、キャッシュレスに関する本格的な議論が始まりつつある様相だ。キャッシュレスの普及という時流と、業界はどう向き合えば良いのだろうか。
目次
パチンコ業界での実現性は!?
パチンコ店の営業におけるキャッシュレス化──。国内でキャッシュレスの普及が急速に進む今、パチンコ業界も本格的に検討しなければならない時期にきている。
仮に、パチンコ店の営業においてキャッシュレス化への対応が進まない一方、国内におけるキャッシュレス化が進む状況が続けば、相対的に遊技における利便性が低下する。パチンコ業界にとって、できれば避けたいシナリオだ。
現在、国内においてどの程度、キャッシュレスが普及しているのだろうか。キャッシュレス推進協議会によると、普及率(決済割合)は2019年時点で26.8%だという。10年間で倍近い伸びを見せており(表1参照)、さらに政府では、2025年までに普及率40%(将来的には80%)の達成をビジョンに掲げている。キャッシュレスの普及には、テクノロジーの進化、スマートフォンの定着、コロナ禍による情勢の変化、先進諸外国におけるキャッシュレス決済割合の高さ(表2参照)といった要因があり、これらの要因を踏まえると、今後さらに普及率が上昇すると見て間違いない。
パチンコ業界の事情にも明るくIT関連分野のマーケティングコンサルタントを務める㈱トライエッジの阿部睦氏は、ホール営業のキャッシュレス化に賛成の立場だ。
「現在、国内におけるスマホの所有率は83%。高齢者はデジタル機器に疎いというイメージが未だにあるが、実際は80歳以上の約半分、65歳以上だと約95%がインターネットを利用している。単純に考えると、10年後には75歳以上の95%がインターネットユーザーとなる。スマホなどのIT機器や技術を活用しない、つまり業界が何も手を打たなければ、パチンコ文化は取り残される一方だ。決済に関しても同様で、5~10年先を考えても、やるしかないというのが私の考え」(同氏)。
動くに動けない設備メーカー
現在、パチンコ店の営業におけるキャッシュレス決済の本格導入について、パチンコ業界内で表立った議論や検討の進捗は見られない。しかし一方で、設備メーカーなど一部の企業や団体では、キャッシュレス化の検討や研究を進めているなど、実現に向け、全く動きがなかったというわけでもない。
設備メーカー関係者のA氏はキャッシュレス化について「うちの会社では数年前から、ホール営業におけるキャッシュレス化について研究や検討を始めた。多くの業界関係者が話すように、技術的な部分では実現に向け、大きな問題はない。しかし、警察庁の方針など、オフィシャルな動きが見られない以上、うちの会社としても製品の本格的な開発といった動きができないのが正直なところ」と話す。
また別の設備メーカーは、ホール営業のキャッシュレス化に関する見解を警察庁に直接求めた事があるが、公式な見解は得られなかった。当該設備メーカー関係者のB氏は「個別企業の質問には答えられない。業界団体などを通じて聞いて欲しいと言われた。警察庁の感触が分からない以上、製品開発を進められない状態が続く」と話す。
依存対策上、是か非か
確かに、キャッシュレス化に関する警察庁のオフィシャルなコメントは聞いたことがない。しかし一方で、「警察庁は、ホール営業のキャッシュレス化に関して、後ろ向きではない」と語るのはある政治関係者だ。
「警察庁は現状、積極的に推進はしないが、反対の立場でもない。警察行政からみたプラス要素は、キャッシュレス化によってホールの売上捕捉がしやすくなることや、使用金額に制限を設けることで、現金決済よりも有効的な依存対策になりうるということが挙げられる。反面、マイナス要素は、使用金額に制限をかけなければ『依存・のめり込み』に拍車がかかる可能性があるという点。やはりキャッシュレス決済によって、業界の依存対策にどう影響するのかに対する意識が強い。その意味では、現状のATM、デビットカードへのホール側の対応次第とも言われている」(同氏)。
依存対策との兼ね合いが、パチンコ店の営業にキャッシュレス決済を本格導入するに当たって高いハードルであるとともに、ひとつの突破口とする考えは、業界関係者にとって、ほぼ共通認識だろう。
平成31年4月に閣議決定したギャンブル等依存症対策基本計画では、ホールが取り組むべき具体的施策のひとつに「平成31年以降、ぱちんこ営業所内に設置されているATM及びデビットカードシステムの撤去等を推進」することが明記されている。
この点について警察庁は現在も、「着実に取組を推進されることを期待している」(令和2年11月10日開催の余暇進行政講話より)というスタンスを崩さない。
設備メーカー関係者C氏は「ATM及びデビットカードシステムの撤去等を推進するスタンスである以上、公の場において警察庁はキャッシュレス決済に前向きな姿勢は示せないだろう。基本計画の内容は3年に1度、見直しが予定されている。ホール営業へのキャッシュレス決済の本格導入は、どれだけ早くとも、それ以降になるのではないか。ATM撤去等の推進以外も含め、基本計画に沿った依存対策を業界がどう対応したかが問われると思う」と見通す。
日遊協が積極姿勢
では当のホール関係者はどうなのか。現状、ホール4団体の中でキャッシュレス化に最も興味を示しているのが日遊協ではないだろうか。
3月18日に開いた定例理事会で、キャッシュレス社会への対応研究を進めるため今後、キャッシュレス推進協議会に日遊協として入会することを決議。入会の時期はなるべく早期にとした上で、そこで得た知識や情報などを、会員企業にフィードバックする方針だという。
理事会後の記者会見で、西村拓郎会長はパチンコ店の営業におけるキャッシュレス化に対する見解を問われ「キャッシュレス化は間違いなく世界中で進んでいくこと。我々も乗り遅れずに対応していきたい。(ホール営業の)キャッシュレス化に向けては、クリアしなければならない法律の問題の解決や、行政とのすり合わせなど、色んな事が必要だ。あるべき姿にどう進むべきか、勉強会の立ち上げも含め、相談している段階だ」と述べ、今後、ホール営業のキャッシュレス化の実現に向け、意欲的な姿勢を示した。
また全日遊連の阿部恭久理事長も、3月11日に開かれた全国理事会後の記者会見で、記者からの質問に答える形で、パチンコ店の営業におけるキャッシュレス化について言及。阿部理事長は現状、全日遊連としてキャッシュレス化について協議や研究はしていないと話す一方で、「将来的にキャッシュレスの波はくると思う。現状、パチンコ店の営業は完全現金主義のところがあるが、法との兼ね合いも踏まえて検討を進めていきたい」との意向を示した。さらに個人的な見解として「(パチンコ店におけるキャッシュレス化は)やらざるを得ないだろう。ただ、キャッシュレスが進んでいる国は、現金に少し戻そうという動きも出ている。特に日本は災害が多い。災害が起きて通信が止まったりすると何も買えないということにもなりかねない。その中で、パチンコではどの程度ならどうなるのかという議論をしていかなければならない。あと、なんでも(スマホで)ピッピッとやると、後で『こんなに使っていたんだ』となる。依存問題との兼ね合いの中でどうなのかなという点もある」と、懸念事項を押さえた上で対応すべきだとする旨を語った。両団体とも今はまだ具体的なレベルに至っていないが、今後、実現化に向けた議論が進むこととなるだろう。
問題の本質は現金離れ
国内においてキャッシュレス化が浸透するにつれ、表裏一体で進む現象がある。それが国民の現金離れだ。
これは各種の調査でも明らかとなっている。楽天インサイトが2020年6月に20歳以上の男女を対象に調査した結果によると、外出時における現金の所持額は、平均13,569円。2年前の調査に比べ、1,546円の減少となった。また朝日新聞の世論調査では、財布の現金が「1万円以下でも安心」という人の割合が、1998年の15%から、2019年は31%へと増加。財布の中身が薄くても安心という人が、約20年で倍近くにまで増えているという結果となっている。
現金決済が主流のパチンコ店の営業にとっては、むしろこっちの側面と向き合う方が正しいのかもしれない。今後、ますますキャッシュレス決済が普及し、国民がより現金を持ち歩かなくなると仮定した場合、1万円札を入金して玉(メダル)を借りる行為が標準スタイルのパチンコ遊技は、ますます遊びや時間消費の選択肢から遠ざけられることが懸念される。
現金離れが本質的な問題と定義すると、キャッシュレス決済の導入は、その対処法のひとつにしか過ぎない。例えば、低射幸性機コーナーの充実など、お金をより使わない遊技環境の充実も対処法の一案となるし、キャッシュインの機会を減らすという観点では、貯玉・再プレイサービスの利便性向上といった施策も有効的だろう。
特に貯玉・再プレイシステムは長年掛けてインフラを整備した業界独自のキャッシュレスシステムだ。今はまだ、店舗単位での利用、しかもカード媒体が主流であるが、これを例えば、スマホで、全国共通でといった仕組みの構築に成功すれば、業界のキャッシュレス対応において、より強力なツールとなるのではないだろうか。
何れにせよ、キャッシュレスへの対応は、望むと望まざるとに関わらず、業界が向き合う必要性の高い問題であることに間違いない。現状維持は後退、すなわちマイナス影響を受ける可能性が高いからだ。そして、どうせ対応するのならプラス影響が期待できる仕組みを勝ち取りたいものだ。
※文中、表1および表2の出典
(一社)日本クレジット協会調査(注)2012年までは加盟クレジット会社へのアンケート調査結果を基にした推計値、2013年移行は指定信用情報機関に登録されている実数地を使用
日本デビットカード推進協議会(~2015年)、2016年移行は日本銀行「決済システムレポート」・「決済動向」
日本銀行「決済動向」
(一社)キャッシュレス推進協議会「コード決済利用動向調査」
内閣府「国民経済計算」(名目)
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