【インタビュー】尾立 源幸(前参議院議員)/国政の場に復帰し、パチンコ業界の地位向上を

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パチンコ業界が参院選で前参議院議員の尾立源幸氏を支援したのが1年前。残念な結果に終わったが、族議員の誕生を求める声はいまも少なくない。そこで尾立氏に政治家からみた業界と族議員の意義について聞いた。

国政の場に復帰し、業界の地位向上を

──昨年7月の参院選後はどのような毎日を送られているのですか。

選挙後は「おだち源幸遊技産業後援会」をはじめとする後援会の関係者の方々と一緒に、北海道から沖縄まで、選挙で応援してくださった方々、お世話になった方々にお礼を兼ねたご挨拶回りをしてきました。

遊技業界は600カ所ぐらいお伺いしたでしょうか。パチンコ店の経営企業やメーカーなどの本社をお訪ねするだけでなく、店長の研修会であるとか、ときにはゴルフコンペのような場にも参加し、選挙のお礼、お詫びをお伝えするとともに、皆様から業界の現状、問題点についておうかがいするなど、さまざまな意見交換をしています。

──そうすると、いまは次の戦いに備えて、遊技産業の関係者とパイプを強めている時期ということですか。

そうです。励ます会の出席者や支援者名簿を出してくださった方を中心に回っているのですが、実は準備期間不足の問題から遊技業界の皆様には選挙に協力していただいたのに、一度もお会いしたことがない方が少なくないのです。本来ならば何かを頼むときはお願いに行って、そのうえで支援していただくのが筋なのですが、逆になってしまったわけです。ですから、そのお詫びもしながら、全国行脚している状況です。

──現在、自民党ではどのような立ち位置なのでしょうか。

自民党の党員であり、かつ二階俊博幹事長が率いる政策集団「志帥会」のメンバーです。したがって、自民党の会合に顔を出すこともあれば、志帥会の会合にも東京にいるかぎりは出席しています。また、自民党の国会議員有志で組織する「時代に適した風営法を求める議員連盟」の活動への参加も田中和徳会長から了解をいただいていますので、できるかぎり会合には出席していきたいと考えています。

それに政界に身を投じるまでは税理士・公認会計士として働いていましたので、いまはそちらの仕事もしながら、国政の場への復帰を目指して充電中といったところです。

準備期間不足を痛感
9万3000票には感謝

──あらためて、昨年の選挙を振り返っていかがですか。

まず、短期間であったにもかかわらず、あれだけ支援していただいたことに感謝したいと思います。5月17日に都内で行われた励ます会が正式なお披露目で、7月21日が投票日ですので、実質的な活動期間は2ヵ月でした。そうしたなかで9万2881票をいただき、本当にありがたく思っています。ただ、結果はご覧のとおりで、私の力不足を痛感しています。

──パチンコ業界が後援会を組織したのが2月下旬でした。準備期間が短かったということはありませんか。

もう少し準備期間がほしかったという思いはあります。全国区の場合、当選した自民党議員に話を聞くと、現職でも最低1年前から全国を回っているというのです。ましてや、新人になると、2年前から支援組織を決めて、各地を回っています。ある新人議員にどれぐらい回ったかを聞いたところ、47都道府県にそれぞれ最低6回は足を運んでいるとのことでした。

私は参議院議員を2期務めましたが、いずれも大阪府選挙区で、その意味では全国区は新人も同様です。そうであるにもかかわらず、訪問できなかった県も少なくありませんでした。

──それではメッセージが隅々まで届きませんよね。

すべて私の責任で、もっと早い時期から準備をしなければいけなかったと思います。それでも約9万3000票を獲得できたのは遊技業界の皆様の支援のおかげです。

──ただ、業界が尾立さんの推薦を決めたのもそれほど早くなかったですし、スタートを早くといっても、難しいところがありますよね。全国区での出馬はいつ頃決まったのですか?

自民党の公認候補予定者に選ばれたのは2018年10月31日でした。私の支持母体には以前から大日本猟友会、税理士、公認会計士、行政書士の先生方、そして日本パワーリフティング協会などがあり、いずれも全国組織だったことなどから、私自身としては全国区での出馬を決めていたのですが、自民党から正式に公認候補予定者に選ばれたのが約7ヵ月前だったということです。選ばれたのは最後の方だったのではないでしょうか。

ちなみに大日本猟友会と日本パワーリフティング協会はもともと趣味でやっていた関係で支援していただくことになりました。狩猟は25年余り、パワーリフティングは約15年になります。

規模のわりに不当な扱い
公的資金は対象にすべき

──そういう流れのなかで遊技産業の支援を受けることになったわけですが、違和感はありませんでしたか。

まったくありませんでした。パチンコは少年時代、父親が楽しんでいた娯楽でしたから。それに私自身は大学時代に多少足を運んだ程度で、以後、パチンコをする機会はありませんでしたが、どの町に行ってもパチンコ店を見かけることから、社会に定着した産業なのだという印象は心のどこかに持っていました。

実際、業界の方々から産業としてのご説明をうかがうと、1,000万人近くの遊技人口がいるし、関連企業や家族も含めると100万人近い方々がこの産業で生計を営んでいるという。これは日本に欠かせない一大娯楽産業であると思いました。

一方で、これほど巨大産業であるにもかかわらず、国政の場に業界の声が届けられていないことや理不尽な扱いを受けている現状に驚きました。

──具体的にはどのへんで理不尽な扱いを感じましたか。

一つが2018年2月1日付で施行された遊技機規則の改正です。出玉性能を従来の概ね3分の2にした同改正は本当に国民の声が届いた結果なのかというと、私はそうではないと思っています。たとえば、自動車産業で排出ガス量をいきなり33%抑制しろといったら大変なことになります。

──公的資金の融資の対象外であることも業界では見直しを求めていました。

それが今回の新型コロナウイルスの影響で、ついに見直されることになりました。阿部理事長を先頭に業界の粘り強い要望があったからです。

私もこれまでの公的資金の融資問題はとても差別的な仕組みだと思っていました。全国を回っていても、「災害時の被災補助金、助成金を受けられなかった。隣の飲食店は受けられて、パチンコ店はなぜ受けられないのか」といった声をいただきました。業界では納税はもとより、業界団体や各企業が寄付やボランティア活動など、さまざまな社会貢献活動をしているのにあまりにも理不尽でした。

広告宣伝は
全国ルールの統一化を

──そのほか、風適法や関連規則で、ここを見直した方がいいとお考えのところはどこですか。

広告宣伝です。射幸心を無用にあおる広告宣伝はいけませんが、どこまでならよくて、どこからがいけないのかの境界線が県警や所轄署で足並みが揃っていないようです。そのへんは風適法や関連規則上でもう少し統一化した方がいいと考えています。

広告宣伝問題は業界側にも厳しい地域に基準を合わせられたら困るというご意見があるとうかがっていますし、可否の区分が難しい問題ではあります。ですが、ここに明記しているものはNGだけれども、それ以外はOKであることを明確にしたいわゆるネガティブリスト方式とか、やり方はあるはずで、もう少し統一感があってよいのではないでしょうか。

──日本ではパチンコ店経営企業の株式上場にも高いハードルがあるといわれています。

それは私も耳にするところで、香港では認められているのに、日本では何が問題なのかがわかりません。パチンコ店経営企業の株式上場が認められるようにするというのも私の大きな政治目的の一つです。

──株式上場の問題は風適法の対象業種であるところに根本原因があるとして、パチンコ業法を求める声も業界内では聞かれます。

そういう意見は私もしばしばうかがいます。しかし、従来どおり風適法の4号営業としてやるべきだという方も数多くいらっしゃいます。私の印象では、特に若い経営者の方々は業法を制定して、諸問題をクリアにしてほしいという思いが強いようです。

働く人たちのなかにはどこか後ろめたい気持ちをもっている方もいるとうかがいました。せっかくパチンコ店の経営企業に就職が決まったのに反対する親もいるともうかがいました。偏見が残っているということです。産業規模と実態のわりに社会的地位が確立されていない、社会的認知がまだ十分でないということでしょう。

こうした業界を取り巻く社会環境を早急に是正していかなければならない。そのためにも一日も早く国政の場への復帰を果たしたいと思います。

目指しているのは
業界の政策実現の請負人

──ところで、政界には何歳ぐらいで入られたのですか。

32歳の頃です。大学を出てから税理士・公認会計士として働いていたのですが、当時は自民党と社会党が対立する55年体制で、「自民党政権は絶対変わらない」みたいな閉塞感が漂っていました。

そういう状況のなかで、民主国家のあり方として有権者の一票で政権交代できる政治を実現したいと思い、政治家を志すことにしたのです。その結果、40歳のときに当時の民主党から参議院議員選挙に出馬して初当選し、2期12年、参議院議員を務めさせていただきました。

──その後、自民党に移籍した理由は何ですか。

民主党時代、短期間ではありますが政権交代を実現し、自分の大きな目的は達成しました。しかし、その後、政界再編がいろいろあり、私が所属していた政党がなくなってしまったのです。そこで考えたのが、次は有権者の期待にできるだけ数多く応えられる政党、政策を実現できる政党で活躍したいということです。

世の中にはさまざまな業界があり、それぞれが社会の仕組みや法律を見直してほしいという何かしらの悩みを抱えています。その代弁者になり、業界の政策を実現する請負人として活動したいというのがいまの思いです。

そのためには与党に所属する必要があるということで自民党に移籍しました。実際、現職時代は業界の要望に応えて、法改正を実現してきた実績もあります。そうした経験がより生かせるのではないかと考えています。

──具体的にはどのような法改正を実現されたのでしょうか。

一例を挙げると銃刀法の改正です。以前は猟に行く際、銃の所有者はいつ何時でも銃を所持していなければいけませんでした。コンビニエンスストアにお茶を買いに行くときにも銃を持ったまま移動しなければいけなかったのです。これではかえって危ないのではないかということで、車中に銃を置いたままでも、見えないように覆いをかけて、車に施錠すれば移動して可という改正をしたのです。

狩猟法も、ある銃乱射事件を受けて、3年に1度、射撃場に行って所持資格更新のための検定試験を受けなければいけなくなったことがありました。その際、実際にはしない打ち方まで厳格な試験が行われるようになったのです。しかし、大事なのは射撃の腕前ではありません。銃の安全な取扱いを主眼にした講習に切り替えました。

族議員は他業界では常識
ポジティブな捉え方を

遊技業界の方々にご理解いただきたいのは、そもそも法律をつくる権限は国会にあるということです。いざとなれば議員立法という手もある。もちろん私一人の力でできるものではありません。

しかし、一定数の議員の賛同が得られれば法案を提出できるし、多数の賛同が得られれば従来の法律を改正することもできる。先に述べた銃刀法や狩猟法の改正もそうやって実現しました。族議員はそうした動きの原動力になれるのです。

──ただ、族議員という言い方には一歩引いて構えてしまう業界人もいるかもしれません。

族議員はその業界で働いている人たちの意見の代弁者ということで、もっとポジティブに捉えてほしいと思います。自動車業界では経営者側も労働者側も代表を国会に送り出しています。そういう議員が代弁者となり、排ガス規制もいきなり数十%抑制するやり方ではなく、少しずつ抑制していく方向で国や社会との折り合いをつけているわけです。

今回の新型コロナウイルス感染問題に関しても、業界の皆様は店内外の消毒清掃やマスクを付けた接客など、本当によくやってくださっていると思います。まだ、マスクがいまほど品薄にならない時点では来店客にマスクを提供しているパチンコ店もありました。それなのに、そうした取り組みは伝わらず、店舗の構造的な問題もよく調べないまま、「密閉」「密集」「密接」という三密の温床であるかのような見方をされていることに不本意な業界関係者は多いことでしょう。そうした社会の認識を族議員として覆していけるよう、これからも精進していきたいと思います。

◆プロフィール
尾立源幸(おだち・もとゆき)
1963年生まれ。慶應義塾大学卒業後、税理士・公認会計士としての社会人経験を経た後、32歳で政界入り。議員秘書などを経て、40歳で参議院議員選挙に初当選。参議院議員2期。

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