おしえて!コウちゃん先生
こんにちは、弁護士の川﨑公司です。今回は若い男性スタッフの方から「同業他社への転職」に関するご質問をいただきました。
先日、社長に、「会社を辞めて、別のB社に行きたい」と伝えたところ、社長は「誓約書の内容を忘れたのですか?B社はウチの会社と同業を営む会社だから、あなたはB社には転職できません。私は、承諾しませんよ」と言ってきたのです。
僕は今の会社に入社する際に、「入社誓約書」と題する書面を社長から差し出されて、署名押印をしています。その誓約書には、「貴社を退社する場合には、貴社の事前の書面による承諾なくして同業又は競業に従事いたしません」と書かれています。
確かに、そのような誓約書の内容に従えば、僕は同業他社に転職することはできないかもしれません。でも、いざ入社して働いてみて、会社の雰囲気が合わなくて同業他社へ転職したくなることは、誰にでもあることではありませんか。 それにもかかわらず、入社誓約書に署名押印したことを理由に同業他社への転職ができないのって…どう考えても、コレっておかしくないですか!?(Aさん・23歳)
Aさん、ご質問ありがとうございます。
今回はまず、競業避止義務(きょうぎょうひしぎむ)ということからお話ししたいと思います。
退職後の競業行為を禁ずる誓約書は有効?
一般に、競業避止義務とは、在職中又は退職後の従業員が、使用者と競合する事業活動を差し控える義務のことをいいます。多くの会社が就業規則等において、当該義務を明記しています。
今回の、Aさんからご質問をいただいた事案では、「退職後」の従業員が、使用者と競合する事業活動に従事することができるのかどうかが問題となっています。
会社は、顧客情報やノウハウ等が外部に伝達されることを防止するために、退職した従業員に競業避止義務を定めます。
一方で、従業員には職業選択の自由(自己の従事する職業を決定する自由。憲法22条1項)があります。就業規則等に記載される従業員の競業避止義務に関する規定は、会社の利益(企業秘密の保護)と、退職する従業員の利益(転職、再就職の自由)とが衝突する場面であるといえます。
それでは、Aさんからご質問をいただいた事案のような問題が生じた場合に、当該入社誓約書の規定の有効性については、どのように考えていけばよいのでしょうか。
この点については、フォセコ・ジャパン・リミティッド事件という裁判例(奈良地判昭和45年10月23日判時624号78頁)が、一定の判断方法を示しているので、ご紹介いたします。
同裁判例は、競業避止合意の有効性の判断について、「競業の制限が合理的範囲を超え、債務者らの職業選択の自由等を不当に拘束し、同人の生存を脅かす場合には、その制限は、公序良俗に反し無効となることは言うまでもないが、この合理的範囲を確定するにあたっては、制限の期間、場所的範囲、制限の対象となる職種の範囲、代償措置の有無等について、債権者の利益(企業秘密の保護)、債務者の不利益(転職、再就職の不自由)及び社会的利害(独占集中の虞れ、それに伴う一般消費者の利害)の三つの視点に立って慎重に検討していくことを要する」としています。
この裁判例が示す判断方法をより分かりやすくご説明すると、退職後の従業員の競業行為を禁止する就業規則等の規定がある場合に、当該競業禁止規定が従業員の転職や再就職の自由を制限する程度が、
①競業行為を禁止する期間
②競業行為を禁止する場所的範囲
③制限対象となっている職種の範囲
④競業を禁止する代わりに従業員に対してとられる措置
(従業員に相当額の金員を交付すること等)
の有無等からみて、必要であり、かつ、相当な限度のものであるといえる場合であれば、当該競業禁止規定は有効であるということです。反対に、そのような場合であるといえなければ、当該競業禁止規定は無効であると解されます。
少し話が難しくなってしまいましたが、結局のところ、退職後の従業員の同業他社への転職や再就職を制限する規定は、退職する従業員に対して大きな不利益を与えるもの(生計の途を閉ざすことにもなりかねない)であるため、そのような規定の有効性の判断は厳しく判断され、無効であると判断される場合も少なからずあるということです。
今回のAさんからご質問をいただいた事案はどうなるのか?
ここで、今回のAさんからご質問をいただいた事案に戻りましょう。
Aさんが署名押印した「入社誓約書」には、「貴社を退社する場合には、貴社の事前の書面による承諾なくして同業又は競業に従事いたしません」と書かれていたのでした。
この入社誓約書の規定には同業他社への再就職を禁止する期間が明記されておらず、会社の承諾が得られなければ、Aさんは、ずっと、同業他社であるA社に転職することができません(①)。同業他社への転職や再就職を禁止する場所的範囲の限定もありません(②)。
さらに、転職や再就職を禁止する業務内容等も限定されておらず、全面的に同業他社への転職や再就職を禁止するものです(③)。おまけに、Aさんは、入社誓約書に署名押印する代わりに、多額の賃金や賞与、手当、退職金等の金員を受け取っていたわけでもありません(④)。
もし、Aさんがこのまま会社を退職し、 B社にずっと転職できず、その他の同業にも従事できない状況が続くことになると、Aさんは生活をしていくための収入を得られず、生計を立てることができません。これは、Aさんにとって、とても大きな不利益であるといえます。
そうすると、入社誓約書の同業他社への転職や再就職を禁止する規定は、さきほどの裁判例の「必要であり、かつ、相当な限度」を超えるので、無効であるといえそうです。
したがって、入社誓約書の中の「貴社を退社する場合には、貴社の事前の書面による承諾なくして同業又は競業に従事いたしません」との規定は無効であり、Aさんは、 B社に転職することができるといえるでしょう。
いかがだったでしょうか。このように、退職する従業員の競業を過度に禁止することは、無効であると判断されることが少なくありません。会社がその企業秘密を守るために、退職する従業員の同業他社への転職を制約したい場合には、競業を制約する就業規則等の規定の内容を、慎重に吟味する必要がありそうです。
◆著者プロフィール
川﨑 公司(かわさき こうじ)
弁護士。東京弁護士会所属。東京大学卒業後、野村證券、東京金融取引所、みすほ証券出向を経て現職。金融機関での実務経験を活かし、金融法務、節税対策、事業承継等を得意とし、風営法にも強い。また弱者保護は弁護士の特権という信念から民事・刑事問わず多くの相談を受けている。証券アナリスト試験、行政書士試験合格。