【おしえて亀山先生!人が辞めない処方箋 #1】なぜ、あのスタッフは復職できないのか? 主治医の「復職OK」に潜む“休職の罠”

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メンタル不調で休職したスタッフについて、主治医から「復職可能」の診断書が届いたのに、産業医面談後に本人が退職を決意してしまった──。多くの経営者や店長が直面するこの「復職の壁」は、本人の意欲だけの問題ではなく、復職プロセスに潜む構造的な「罠」が原因です。医療と職場の間に存在する「見えない溝」を理解し、適切な橋渡しを行うことが、人材流出を防ぐ鍵となります。

「損失数百万円」と「法的リスク」という現実

一人のスタッフの復職失敗は、採用費用(平均50万円以上)、教育コスト、残されたスタッフの負担増による離職連鎖など、明確な経営損失を生みます。厚生労働省の調査では、メンタルヘルス不調で1ヵ月以上休業している従業員がいる企業は約4割に上ります。

さらに重大なのが「法的リスク」です。労働契約法第5条により、企業には従業員の健康を守る「安全配慮義務」が課されています。復職プロセスを誤り、十分な配慮なく復職させた結果、症状が悪化した場合、企業は責任を問われる可能性があります。実際、安全配慮義務違反で数千万円の損害賠償を命じられたケースも存在します。

医療と職場の「見えない溝」

最大の原因は、主治医と産業医の役割と視点の違いにあります。主治医は診察室での様子から、症状が改善し日常生活が送れる状態を判断して「復職可能」と診断します。しかし産業医は、毎日決まった時間に通勤できるか、8時間集中力を維持できるか、接客業務に耐えられるか、夜勤に対応できるかなど、「職場で求められる具体的な能力」の回復を見極める必要があります。

研究データでは、メンタルヘルス不調では症状改善後も、集中力や判断力の低下、疲労感が持続し、仕事のパフォーマンスが完全には回復していないケースが少なくありません。医学的には「症候学的寛解」と「機能的寛解」の乖離と呼ばれます。この構造的なズレが「罠」を生み出すのです。

厚生労働省の職場復帰支援の手引きに基づいた、「明日から実践できる、復職成功への3ステップ」を処方箋としてお示しします。

check①:生活リズムの回復
休職中の本人に、主治医の指導のもとで生活記録表をつけてもらい、起床・就寝時間や日中の活動を把握します。復職が近づいたら、図書館に通うなど日中に外出する習慣を段階的に増やし、「通勤する」という行為に慣れる練習が重要です。

check②:業務遂行能力の回復
産業医は面談を通じて、「今すぐ通常業務に戻れる」のか「段階的な復職が必要」なのかを判断します。最初の1ヵ月は短時間勤務から始める、軽作業から開始するなど、「いきなり100%」を求めないことが再発リスクを減らします。

check③:職場の受け入れ体制の構築
本人の同意を得た上で、上司や同僚に必要な配慮(残業制限など)を共有します。復職後1週間、1ヵ月、3ヵ月の節目で定期面談を行い、問題の兆候を早期発見します。

メンタルヘルス不調による休職者の約35割が再度休職を経験しており、このフォローアップが極めて重要です。


「人が辞めない店」が最強の武器になる

「休職の罠」を回避する第一歩は、産業医を単なる「復職判断をする人」ではなく、主治医と職場を繋ぎ、復職プロセス全体をデザインするパートナーとして活用することです。計画的な復職支援は、一人のスタッフを守るだけでなく、職場全体の士気を高め、「この会社は困ったときに支えてくれる」という信頼感が従業員のエンゲージメントや定着率向上につながります。

この記事が、皆様の職場の「人材」という最も重要な財産を守る一助となれば幸いです。

◆プロフィール
亀山 嘉志人(Yoshito Kameyama)
株式会社torchi 代表取締役社長
医師・産業医・労働衛生コンサルタント。「スタッフの突然の休職」「採用してもすぐ辞めてしまう」といった業界特有の「人の問題」を、産業医の視点から解決する専門家。経営者の悩みに寄り添い、従業員の健康管理を通じて「人が辞めない、強い組織」作りをサポートする。企業研修や顧問契約に関するご相談は下記まで。
【連絡先】info@torchi.net

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