【特別寄稿】新型コロナ騒動で遊技場組合は何をしたのか/早野慎吾 都留文科大学教授

投稿日:2020年6月19日 更新日:

・生け贄のヤギ
古代ユダヤ教では、『旧約聖書』の「レビ記」に従って、年に一度、自らの罪業(ざいごう)や罪科をヤギに身代わりをさせる儀式が行われた。この身代わりにされたヤギをスケープゴート(生け贄のヤギ)という。この古代ユダヤ教の故事から転じて、心理学では、関係のない他者を攻撃することで自らの不満や罪悪感、不安などを解決しようとする行為をスケープゴート化と言う。

生け贄にされるのがヤギならよいが、現代社会で生け贄にされるのはヒトである。さらに、現在は、匿名性に隠れてネットを通じて他者を攻撃するので、質(たち)が悪い。スケープゴート化は、自己の抑圧した不満や劣等感などが根源にあり、釘原直樹はそれを「邪悪な思考や感情」と表現している。

今回の新型コロナ騒動ではパチンコ業界がスケープゴートにされたと考えられる報道が多々ある。休業要請に応じなかった店舗を見つけては、マスコミはターゲットにする。あたかもパチンコ業界全体が自治体の要請を受け入れないかのようなミスリードを誘導する。

5月8日放送のTBS系「ひるおび!」で八代英輝弁護士は「これだけ業種がある中で、感染症のまん延防止という非常に公共性の高い要請に、従ってくれない代表がパチンコ店になってるわけですよ」「ある意味、反社会的勢力の一歩手前ですよ」(スポーツ報知配信)と語ったそうだ。これを、何も知らない人が聞けば、パチンコ業界に悪意が向くことになる。

その約2週間前の4月24日、東京都遊技業協同組合(以後都遊協)は、「加盟店舗が都の休業要請に応じずに25日以降も営業し続けた場合、組合を除名する手続きを検討する」と組合員(加盟パチンコ店) に通達したと報道されている。

八代弁護士の発言は、公共性を謳っておきながら、公共の電波を使って偏見を述べるのだから始末が悪い。実際、4月30日時点での全国での休業率は約92%、東京都は100%。当初、緊急事態宣言解除が予想された5月7日で東京都は約96%の休業率だ。決して悪い数字ではない。

・公営と民営
世間的にはパチンコ業界をひとつのまとまりで見る傾向にあるが、パチンコは民営で9,639店舗(2019年12月警察庁発表)もある。店舗数を考えても100%足並みをそろえるのは至難のわざだ。それに対して公営ギャンブルは公営なので統制がきくし、競技場も少ない(競馬場25、競輪43、競艇24、オートレース5)。

そこでパチンコ業界は、全日遊連や日工組などの組合を作った。全日遊連はホールの組織で、日工組は遊技機メーカーの組織だ。しかし、組合という性質上、法的な強制力はなく、公営のように命令を下すこともできない。つまり、4月24日の「除名手続き」は、都遊協としては最後のカードを切ったことを意味している。

新型コロナ騒動でスケープゴートにされ、パチンコバッシングが続く状況で、パチンコ業界ではどのような対応をしてきたか。今回、その代表として「除名手続き」まで出して都の休業要請を遂行しようとした都遊協を調査した。対応されたのは、専務理事の安藤薫さんだ。

・都遊協の対応
今回、組合員に通知された「至急 ・重要」と書かれた文書は27通もある(3月~5月)。その数を見ただけで、どれだけ新型コロナ対策に追われていたかがわかる。

安藤さんは、業界の新型コロナ対策に加えて、営業店舗への苦情対応が大変だったと話す。組合員に通知した内容は、警察庁、厚労省などからの通達や要請に、適切に対応するよう指示するものだ。「広告宣伝規制」「従業員への健康配慮」「感染防止対策(消毒方法)」などが頻繁に通知されている。

これら事務対応に全く問題ない。むしろ「補足説明」を加えて、自覚を促している点は優れていると感じた。例として、広告自粛に関する3月2日付の「全日遊連発第505通達」の補足説明の一部を引用しながら紹介する。

「社会に与える影響等を考慮した慎重な対応が求められている」と前置きして自粛を依頼し、「当業界はお客様に来ていただかないと、商売が成立しないと反論したところで、プロ野球は?、東京ディズニーリゾートは?と言われれば、反論の余地はありません」と記されている。

プロ野球や東京ディズニーリゾートを引き合いに出していることに驚く。3月に入っても広告を出して営業しているモラルの低い店舗に東京ディズニーリゾートレベルのモラルを提示していることになる。

そして、「判断基準はパチンコ、パチスロをやらない人を含めた世論です」として、可能な限りの企業努力を求めている。これは学校で、指示に従わない生徒を必死に説得している教師を思わせる。学校でも、個人の事情ばかりを主張して、必要な指示に従わない児童生徒が必ず一定数いる。

3月12日付の通知では、「緊急感染防止対策支援セット」支給を告知し、パチンコ台や椅子などの消毒方法を細かく指示している。その後も感染防止のガイドライン(5月8日)を提示するなど、一定の努力が見られる。

未だ、パチンコ店がクラスターになったという報告がないのは、まず幸運であったことが第一にあり、次に、企業努力で感染リスクを下げていたことが理由としてあげられる。どんなに企業努力しても営業すればリスクゼロにはできない。

4月20日、小池百合子都知事からの休業要請、21日に西村康稔経済財政・再生相からの休業要請の協力依頼をする。それでも営業を続ける店舗が少数あったために、4月24日「最後通達」という強い文言で「除名手続き」の最終手段にでることになる。

世論を基準に、パチンコの健全化を目指す組合と、利益を得たいホールの葛藤が感じられた。4月30日時点で、東京都では全店休業となるが、その約1週間後に八代弁護士の「反社会的勢力」発言がなされる。

組合は業界を守るためにある組織だ。都遊協が示した健全化の指針や休業要請は、業界が生き残ることを前提とする。組合としては「緊急事態宣言解除までは頼む」と組合員を説得していた。都知事には、感染予防ガイドラインを厳守するので緊急事態解除後は休業要請を緩和して欲しいとの要望書を提出している(5月8日・22日の2回)。

結局、緊急事態解除後も休業要請が続けられたため、都遊協執行部は総辞職という苦渋の選択を選んだ。都遊協が職を賭して新型コロナ対策に臨んだ現れと筆者は考える。

・情けは人のためならず
筆者は、パチンコ業界の味方でもなければ敵でもない。研究論文ではパチンコ業界にとってマイナス面を論じることもあれば、プラス面を報告することもある。すべて調査データに基づく見解である。

パチンコは、マイナス面もあればプラス面もある。知り合いには、ストレス解消にパチンコを遊技する大学教員も少なくない。偏った情報や批判は、多くのスケープゴートを生み出すことになる。現代のネット社会では、すべての国民がスケープゴートになる可能性も、生み出す可能性もある。

「情けは人のためならず」。これは、人に情けをかければ、巡り巡って自分に返ってくるということわざ。逆に他者をスケープゴートにすれば、巡り巡ってスケープゴートにされることになる。このことは、すべての人に言えることだが、特にマスコミ関係者は理解すべきだろう。

◆著者プロフィール
はやのしんご
都留文科大学教授
専門:言語心理学 社会言語学
1992年上智大学大学院文学研究科修了。言語とパーソナリティの関係を中心に研究していたが、通勤時、立川駅前で開店前のパチンコ店に毎日のように客が並んでいる様子を見て、パチンコ関連の研究を始める。現在、パチンコを中心としたギャンブル依存問題とAIによる人形浄瑠璃ロボットに関する研究を行っている。著書『首都圏の言語生態』、『パチンコ広告のあおり表現の研究:パチンコ問題を考える』など多数。

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