【特別インタビュー】「くつろぎ」と「ブランディング」の関係性/NRC一級建築士事務所代表取締役 博士(工学)・一級建築士 鶴田一氏

投稿日:2025年11月26日 更新日:

顧客に「くつろげる」「また来たい」と思わせる空間設計は、現代の店舗開発における重要なテーマだ。多くの特徴的な空間設計を実現してきたNRC一級建築士事務所の鶴田一氏に、感情を動かす設計のアプローチ、ブランディングにおける役割について話を聞いた。来店者に寄り添い、地域全体の振興に貢献する空間づくりとは何か。

顧客に寄り添う空間を生み出す「3つの視点」

『くつろぎ』や『ゆったり感』といった顧客の感情を動かす空間を設計する際、鶴田氏は構想を練る前の下準備に時間をかけることを重視するという。特に『人』(その空間を訪れることが想定できる顧客層)『エリア』(その地域の特性、文脈)『背景』(その地域の歴史的な背景、地域住民の方々の背景)の3点を押さえることが重要であると強調する。

これらの要素を鑑みた上で初めて、構想を練り計画する。「3点の要素が欠落していれば結局はクライアントや建築家の思い込みの空間となり、『くつろぎ』『ゆったり感』を与えているという上から目線の空間と言えるでしょう」と警鐘を鳴らす。

この『人』『エリア』『背景』に配慮し、来店者に寄り添った空間ならば、結果として顧客の滞在時間も増え、再来店意欲も高まるのは必然だろう。さらに空間設計以上に重要となるのが、人と人の繋がりといったソフト面。「ソフト面でも『人』『エリア』『背景』の3点で各店舗あるいは各エリア独自のマニュアルを作る施策も必要」とし、近年主流の画一化・均一化された接客マニュアルを見直す重要性も指摘している。

『非日常性』と『居心地の良さ』の両立

また、『非日常性」と『居心地の良さ』は、しばしば店舗設計において相反する要素になりがちだが、この二つを最適化するために、鶴田氏は、「空間構成には、バランス、メリハリ、トンマナ(デザインや色彩におけるトーンとマナー)の3つの重要な要素があり、『非日常性』『居心地の良さ』という観点は、これらの3要素が合致さえしていれば、相反する要素のようで切り離せない要素でもあります」と、両立の可能性を示唆している。

この三要素を踏まえた上で、具体的な設計のアプローチについては、「言語化すると、『居心地の良い』空間の所々に、バランス良くそして、メリハリをつけて、トンマナに従って『非日常性』を散りばめていくという具合になります」と説明。このような空間構成により、「来店者自身が、個々に自らのストーリー性を感じることが可能になってきます」と、顧客体験の重要性を語る。

一方、建築・空間設計が『ブランディング』においてどのような役割を担うのか、という問いに対しては、「そもそも『ブランディング』とは他社との差別化戦略であり、主には商品やサービスを対象とした施策と考えています」と、一般的な定義を確認。その上で、空間設計の役割を地域全体に視点を広げることを推奨する。

「単店舗だけのことを考えた設計ではなく、店舗が地域全体の振興にどう貢献出来るかといった大きな視点で施策を検討していくことが、建築・空間設計における『ブランディング』です。いわゆる「『まちおこし』的な役割も担います」と提言する。引いては、店舗の成功が地域全体の活性化に繋がるという、大きなスケールで価値創造を追求するという考えだ。

デジタルネイティブ世代が求める「来たくなる空間」

これからの店舗開発において、デジタル技術の進化や消費者の価値観の変化を踏まえ、「来たくなる空間」を創出するために重要となるトレンドについて鶴田氏は『人』『背景』に関連して言及している。

「今後のキーとなってくるのは“デジタル時代の中で生まれ育った若者達”です。空間設計において、物理的な『くつろぎ』に加えて、現代の顧客は、スマートフォンを充電でき、いつでも見られる環境(Wi-Fi)空間でないと居心地が悪くなります」と、デジタル環境への配慮が欠かせないという。実際、同氏はスマートフォンをしっかり固定できるチェアーやテーブルなどの具体的な提案を含む「ネクストジェネレーション店舗」(=イラスト)を多く提案してきている。

「このデジタル技術の進化に伴う『人』や『背景』を鑑みた空間が、トレンドというよりメインストリームになってきます」と、今後の店舗設計における重要課題としている。

イラストは、鶴田氏が提案する「ネクストジェネレーション遊技施設の遊技機・椅子スペース」。

 

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