アニメ業界の最前線を走り続けてきた円谷フィールズホールディングス上席執行役員・渡辺哲也氏に、アニメIP活用とインバウンド戦略、そして遊技業界が未来に向けて取り組むべき方向性を聞いた。
成長するアニメ市場のポテンシャル
──まず、アニメ産業のポテンシャルについて教えてください。
アニメ市場は非常に大きな成長を続けています。2023年のアニメ市場規模は3兆3,465億円と過去最高値を更新しました。とくに海外の伸びは顕著で、配信サービスの普及が追い風となっています。ネットフリックスなどのプラットフォームが日本のアニメ作品を世界中に届けるようになり、今まで触れてこなかった層が新規ファンとして参入しました。
一方で、アニメ市場の中でパチンコ・パチスロ関連のライセンス収入を指す「遊興(遊技機向け)」の売上も伸びています。23年には3,370億円規模に達し、アニメ市場全体の約10%を占めるまでに至っています。つまり、アニメ業界にとってパチンコ・パチスロ向けビジネスの存在感も大きくなっているといえるでしょう。今後も遊技機のIPとのコラボは続くとみられますので、パチンコ・パチスロの存在感はさらに増すとみています。
──海外で日本アニメが評価される理由はどこにあるのでしょうか。
海外にもいわゆる「オタク」といわれる層がいます。これまでは海賊版などで日本のアニメを見ていたのですが、配信サービスの普及やコロナ禍の巣ごもり需要で、より多くの海外の人に日本のアニメが見られるようになり、魅力が広まったのだと推察します。
また、日本アニメの特徴は、2Dアニメーションです。世界的には3Dアニメが主流ですが、日本だけが高品質な2Dを作り続けており、これが差別化につながっています。

毎年開催される北米最大級のアニメコンベンション「Anime Expo」。日本企業も多数出展し、アニメコンテンツなどをアピールしている。(写真:2023年に出展したVAPOLLO JAPAN㈱のプレスリリースより)

エイベックス・ピクチャーズ、講談社、集英社、小学館ら13社からなる㈱アニメタイムズ社は今年8月にインド・ムンバイで初めて開催された「Anime India」に冠スポンサーとして参加。インド最大級のアニメイベントとして3日間で29,000人の来場者と5,000人の学生を動員。日本企業を含む70社がブースを出展するなど、今後のインドにおけるアニメ市場の拡大を象徴する盛況ぶりとなった。
──ドラゴンボールやワンピースなど、仲間と一緒に強くなるといった日本のヒーロー的なストーリー性も受けているのでしょうか?
「友情・努力・勝利」のストーリーラインは共感を呼びやすいといわれていますが、明確なエビデンスがあるわけではありません。
一方で、たとえばキッズやファミリー向けのアニメは各国の自国コンテンツが強く、必ずしも日本の作品が主流になれるわけではありません。ただ、そうした中で、大人向け、オタク向けのコンテンツは日本のものが人気を得ています。特に週刊少年ジャンプ系のコンテンツが強いといわれています。
ライセンス料の高騰と制作現場の課題
──遊興のシェアが伸びているのは、単純にアニメIPの遊技機の数が増えているのか、それとも1機種あたりのライセンス料が高くなっているのでしょうか。
ライセンス料はコンテンツによってまちまちですが、確かに単価は上がっています。特にビッグコンテンツといわれるシリーズものは高騰傾向にあります。同時に、アニメIPを搭載する遊技機の機種数も増えていますので、両方の要因があると思います。
──国内のアニメ作品の数は増えているのでしょうか。
作品数については、制作現場のキャパシティを考えると頭打ちの傾向があります。現時点でも新作のスケジュールは数年先まで埋まっている状況です。
また、市場が拡大しているといって、中小のアニメ制作会社まで潤っているかというと、そうではありません。制作会社の人員不足や人件費の高騰、働き方改革による労働時間の制限などが重なり、制作費は年々上昇しています。結果として、同じ予算でも本数を絞らざるを得ない状況です。この点はアニメ産業の課題と言えるでしょう。
さらに、パチンコ・パチスロにも共通しますが、何がヒットするか分かりません。制作費が高騰している分、どんどん制作していくという風潮にはなりにくいと考えます。
一方で、アニメ制作については国際共同制作が増えてくる可能性があります。現に中東やアジア、ヨーロッパの国からの出資や共同制作が増えています。人件費が安いから海外の制作会社を使っているとかではなくて、中東の場合はオイルマネーを背景にコンテンツ制作に大きくシフトしています。インドでも日本のコンテンツを共同制作している事例があります。今後もそういう事例がいろんな国で出てくると思います。
広がる推し活文化と新たなファン層
──海外シェアが伸びる一方、国内のアニメファン層にはどのような変化がありますか。
コロナ禍を経て「ライトオタク層」が一気に拡大しました。かつては「オタク」という言葉が否定的に捉えられることもありましたが、「推し活」というポジティブな言葉に置き換わったことで一般層にも受け入れられるようになりました。『鬼滅の刃』や『SPY×FAMILY』、『【推しの子】』といった大ヒット作がその潮流を後押しし、アニメやキャラクターに強くのめりこむこと自体、市民権を得てきた感があります。SNSを通じて「好きなものを堂々と応援する」ことが広く共有されるなど、社会も大きく変わってきているのだと思います。
その象徴として女性ファンの増加があります。週刊少年ジャンプの読者層も女性が大幅に増え、少年誌のコンテンツが幅広い世代・性別に支持されるようになっています。
さらに「アニメを卒業しない層」も形成されています。小学生のときに観ていた人が大人になっても映画を観続ける。代表的なのが『名探偵コナン』です。小学生の時見ていた人が、社会人になっても映画だけは必ず行くっていう習慣化しています。このようにアニメは一過性の趣味ではなく生涯にわたる娯楽へと変化しています。
パチンコ業界に訪れるチャンス
──アニメを好む層や年代が広がっているということは、アニメをフックにパチンコ業界に取り込める可能があるということでしょうか。
大きなチャンスだと考えています。アニメやキャラクターのファンは、2次的なものにも強い関心を持ちます。たとえばフィギュアやアクリルスタンドなどを購入したり、コラボカフェやイベントの体験に行ったり、活動が積極的です。その体験のなかに、パチンコ・パチスロが加われば、より幅広い層にリーチできるようになります。ホールにとっても新しい来店動機を提供できる可能性が広がっています。
そのためにもパチンコやパチスロの遊びを、日本のポップカルチャーのひとつとして位置付けていくべきだと思います。アニメやゲーム、イベントやグッズなど、一つの作品からいろんな分野に広がって大きな経済圏を作っています。その枠組みのなかに遊技機も入っていけば、ファンにとっても体験することが当たり前になるでしょう。
もっといえば、海外からのインバウンド客にとってもパチンコホールが“日本のカルチャーを体験できる場”になります。
──ポップカルチャー化するためには遊技機の作り方も変えていく必要はありますか。
これまでのパチンコ・パチスロは、どちらかといえばコアなファン層に向けてスペック的な要素を優先して作られることが多かったと思います。ポップカルチャーの一角を担う存在にしていくのであれば、たとえばクリエイターや原作者を巻き込んで一緒に筐体を作り上げていくような取り組みがあってもよいのではないでしょうか。
単なるライセンスの利用にとどまらず、キャラクターデザインや世界観を最初から組み込んでいくことで、ファンにとってもより体験したくなる、共感と支持を得られる遊技機になり得ると思います。コンテンツファンのなかには、パチンコ・パチスロ化されることに否定的な意見を持っている人が少なくありませんが、遊技機を通してさらにコンテンツの魅力や良さを提供していけば、そうした否定的な感情も変わってくると思います。
業界にとってアニメIPは単なるコンテンツ供給源ではなく、集客や新しいイメージのブランディングにもつながると思います。
また、遊技機の強みとして人気を再燃させる「リブート効果」があります。一度ブームが落ち着いた作品でも、遊技機をきっかけに再評価されるケースがあります。遊技機を通じて原作やアニメに再び注目が集まり、ファンが戻ってくる。業界側にとっても、IP側にとっても相乗効果が期待できます。

リロホテルズ&リゾーツはアニメ「鬼滅の刃」とのコラボキャンペーンを実施。書き下ろしイラストで装飾したオリジナルルームでの宿泊プランも用意。キャンペーンは9月19日から12月18日まで実施している。
©吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable
インバウンド拡大の可能性
──先ほどインバウンドの話が出ましたが、遊技機のアニメIPの活用によるインバウンドの取り込みの可能性はどうお考えですか。
有効だと考えています。海外でアニメ市場が伸びているほか、世界中では年間1000以上のアニメイベントや催しが開催されています。たとえばアニメエキスポ(ロサンゼルス)やジャパンエキスポ(パリ)では30~40万人規模の来場者を集めるほどの人気です。当然、そのままインバウンドの潜在需要につながります。そして、アニメをフックに来日時にパチンコホールを訪れてもらうためには、ギャンブル的な要素よりも、先ほど話したポップカルチャー的なイメージを持ってもらうほうが取り込みやすいと思います。
海外のアニメイベントに遊技機を展示してもよいかもしれませんね。そこでパチンコ・パチスロを「ポップカルチャー」として受け入れてもらう。海外での展示は、現地の企業から「パチンコ・パチスロの技術を何かに活用できないか」といった新しい提案につながる可能性もあります。そうした意味でも、広く世界に発信する意義は大きいと感じています。
また、外国人観光客がパチンコホールに入って盛り上がっている姿が広がれば、「今まで行ったことがなかった国内の人たち」も関心を持つでしょう。ホールに対する「うるさい」「タバコ臭い」「怖い」といった固定観念を持つ層に対しても、外国人が楽しんでいる様子が伝わることで、そのイメージを覆すきっかけになると思います。

今年3月に開催されたアニメジャパン2025に日工組と日電協がブース出展。アニメとタイアップする機種を揃え、来場者に遊技体験を提供した。インバウンド試打コーナーも好評を博した。
ホールの施策と官民連携の必要性
──ホールが実践できるアニメIPの活用施策はありますか。
たとえば、人気アニメと連動したコラボカフェはすぐに始められますし、実際に他業態でも成功しています。アニメショップの併設なども面白いでしょう。また、『新世紀エヴァンゲリオン』を例に挙げれば、コックピットに乗り込んで使徒と戦うようなVR体験型のバーチャルゲームもすでに技術的に可能です。そうした体験ができるスペースの確保や提携ができれば、ホールへの新たな来店動機につながっていくのではないでしょうか。
こうした施策は未来的な構想に見えるかもしれませんが、技術的にはすぐに実現できるものばかりです。
──業界全体として今後重視すべきポイントは何でしょうか。
現在、国や行政はアニメ産業の成長を国家戦略として位置づけ、産業全体の拡大を目指しています。その官民連携の取り組みのなかに、遊技業界も加わることができるようになることが理想だと思います。アニメIPをフックにインバウンド向け体験を広げることは、文化振興の一環としても十分に意義がありますし、ホールやメーカーが一体となって成功事例をつくれば、国の方向性に自然と重なっていくことも期待できます。
──貴重なお話をありがとうございました。
●プロフィール
渡辺哲也(わたなべ・てつや)
円谷フィールズホールディングス上席執行役員
慶應義塾大学大学院博士(メディアデザイン学)、早稲田大学MBA取得。新卒で電通に入社し、数多くの番組やアニメをプロデュース。フジテレビ深夜アニメ枠「ノイタミナ」(“ANIMATION”を逆から読んだ造語で、大人や女性など幅広い層にアニメを届けることを目的とした枠)の立ち上げにも携わり、『ハチミツとクローバー』や週刊少年ジャンプ掲載の『ヒカルの碁』などを担当した。アニメの権利ビジネスや海外展開、M&Aに精通し、上海メディアグループとの合弁設立にも関与。現在は円谷フィールズホールディングス上席執行役員として、IPを中心とした国内外での事業展開や研究活動を行っている。